Rieepのニュージーランド日記 :当たり前のようにある自然のめぐみに感謝あるのみ
 

 

 
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東日本大震災から1ヶ月以上が経ちました。
下記に紹介するのは、仙台に住む大学時代の友達の大震災の時の経験です。
友達、「ラヴィ☆」チャンの日記からお借りしてきました。

***************************
「ご心配をおかけしました」

地震発生から連絡できず、みんなに心配かけました。家族、親戚、会社、友達とみんなに死んだと思われたけど、生きてます!

会社が仙台港付近だったので、地震発生してに帰ろうとした途中に車ごと津波にのまれ…何とか車から脱出し、流れてきたトラックのタイヤにつかまって、流れ着いた車の上で救助を待ってました。雪が降る中、身体半分、水に浸かった状態で救助を待ってました。

少し水が引いてきてから、8時間後に自衛隊の方に救助され、消防の人に避難所まで連れて行ってもらい、何とか助かりました。本当に死ぬかと思った。
一緒に救助された人達と避難所でラジオを聞いてて、荒浜で200~300の遺体が上がってるって聞いて、みんなに死んだと思われてるなと思ったけど、携帯も財布もみんな車の中だったので、連絡しようがなかった。
次の日の朝、一緒に救助された人と避難所から歩いて家に向かった。

会社の制服も泥と油だらけ…靴も流されてないまま。
家に帰ったら置き手紙があり、両親も叔父の家に避難してて、いなかった。
弟も仙台港付近の会社だったので、心配だったけど、着替えた様子があったので、生きてる!叔父の家に向かったんだと思い、私も着替えて叔父の家に向かった。叔父の家に着いたら、弟はまだ来てない。顔を見るまで、心配だった。ようやく夕方に帰ってきたと思ったら、私を探しに多賀城を歩き回っていたらしい。
それで最後の最後に私の車を発見して、財布と携帯を遺品になるからと持ってきたと。

本当にみんなに心配かけたけど、助かって良かった。安否確認に家まで訪ねてきてくれた、しげこ、みのむし。本当にゴメンネ。ありがとう。

そして、携帯にも沢山の着信と受信しきれない大丈夫?のメールを沢山いただきました。心配かけて、ごめんなさい。みんな、ありがとう!

まだまだ、これから大変だけど、お互い頑張ろうね!


*************************そして私のコメント

大変だったよね。寒かったよね。よく頑張ったよ。
弟の遺品のくだりで涙がポロポロ出てきちゃいました。
これからが踏ん張りどころだよね、毎日ネットで日本のニュース見ながら応援してるよ。

*************************↑に対してラヴィ☆のコメント

> Rieepさん

本当、水に浸かって雪降ってきた時は、水死は免れたけど、凍死するんじゃないかと思ったよ。

親・弟・友達と再会した時には本当に涙の再会だったよ。

明日も会えると思ってた人達に、会えなくなるかもしれなかったわけだし、助けてもらったことを感謝しなきゃ。

電気は使用可になったけど、まだ水とガスはまだダメだし、これからも頑張らなきゃ!

Rieepも本当にありがとね


*************************さらにラヴィ☆チャンから他の人への返信コメントより抜粋

> @@@さん

もう二度とこういう体験はしたくないと思ったよ。
目の前で車に乗ったまま流されていった人も見たし、救助が来るまで、あちこちで『おーい!助けて~!』の叫び声があちこちから、ずっと聞こえてたしさ。怖かったよ。



と、想像を絶する経験をしたラヴィ☆チャン。本当に生き延びてくれてよかっよ。
こんな経験をしても、今では明るく元気になったラヴィ☆チャン!!
彼女は今アパートに引越しをしたみたいです。

大学を仙台で過ごした私には、恩師や、仙台出身、大学卒業後そのまま仙台で就職している友達が沢山いる。
津波が襲った岩沼や名取、石巻、塩釜と宮城の地区にはとてもなじみがある。

友達Zも、両親が石巻にいて安否確認に数日かかり、3週間後くらいにやっと電話で話が出来き、よかったねと思っていたら、残念なことに祖父母共に津波で流されて亡くなったと聞いたときは、何と言えばいいのかしばらく分からなかった。

岩手にいる友達は、NZでクライストチャーチ地震があったときに連絡をよこしてくれて、
「お互い防災キット用意しておかないとね。」なんてメールでやり取りをしてた数日後に大地震が襲った。
はたして彼は防災キットを用意していたのだろうか?!

家を流されてしまった知人もいる。大学時代いつも〝近づくなオーラ"を出していた彼は、
「もうなんにもないよ」と友人Zに言ったそうな。
Jujuに「おかしもう無いよ~」とか普通に使ってたけど、
Zからこの話を聞いたときは、「ない」って言葉、スゲー重たい・・・と思った。

実家の茨城も、海沿いはかなりの被害があり、これまた高校からの友達が多く住む水戸近辺では
ライフラインが途絶え、ガソリンも6時間待ちで20Lとかなり大変な状況だったみたいだ。

ここ最近大きな余震が福島・茨城あたりで多いみたいで、そのたびに心配になる。
1ヶ月経った今現在日本がどんな状況なのか細かくは分からないが、
とにかく余震にも十分気をつけてもらいたい。

最後に、ラヴィ☆を初め友達、ブログに載せる許可をしてくれてありがとう。

そうそう、タエPも新潟から支援物資もって車でラヴィ☆チャンやMikiさんに会いに向かったみたいで。
さすがタエP!!タエピー様さま!!写真見せてもらいました。

これからも/が、頑張りどころの日本。
私は何もしてあげられないけど、遠くから応援してますよ!!!!

次の帰国のときは絶対仙台まで足を伸ばします♪


Rieep
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Rieep

Author:Rieep
2004年4月に
ニュージーランドに移住。
12年が過ぎ、本腰入れて
田舎で生活してます。

腰が曲がっても、
のぉんびりしながら
畑仕事ができたらいいなぁ
そう思いながら、
自然の恵みに感謝して
毎日を過ごしています。
どうぞよろしく。

旧ブログ名
WORLD WIDE WANDERER IN NEW ZEALAND

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Rieep ブログ主
Meesh 夫
Juju 長男(2009)
Cyo 長女(2012)
Hunter 次男(2015)
Zoey チョコラブ(2006)

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Rieep

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